月さえも眠る夜〜闇をいだく天使〜

21.エピローグ



聖地は今日も穏やかな日差しに満ちている。
綿のような雲が浮かぶ空は暖かい空気になんだかぽわんと霞んで見える。
中庭のテラスでは数人の守護聖達がのどかにお茶を楽しんでいた。

「しかし」
と、オスカーがつぶやいた。
「あのふたりは、いったいいつからそういうことになっていたんだ?」
彼らにとって、あの日のアンジェリークの『生きて帰ってくる宣言』は寝耳に水であった。
アンジェリークが無事に戻るかどうか案じていた頃は誰一人気にも留めなかったのだが、いざ大団円を迎えてみるとくだらない事がみょーに気にかかる。

「あ〜そうですか〜、そうですね〜。そうかもしれませんね〜」
良くわからないコメントのルヴァを無視して珍しくティータイムの席にいるジュリアスが言う。
「確かに。全く気付かなかった。私とした事が」
私とした事が、ってアンタどう考えたって男女の機微には疎そうな上に、あれだけクラヴィスと個人的付き合いがなけりゃ、気付くわきゃないわよ。
という台詞をお茶といっしょに飲み込んで、聖地の中ではピカイチ人間関係に敏感と自負しているオリヴィエも、そうよねー、とつぶやく。
「ちょっと、りゅみちゃん。アンタ、何か知ってたんじゃなぁい?あんだけしょっちゅうクラヴィスと一緒にいたんだからさぁ」
そう言われた水の守護聖は流れるような動作でカップをテーブルに置くと静かに微笑んだ。
「ふふ、さあ、どうでしょう?」
オスカーとオリヴィエが目を合わせ、ふう、と呆れたようにため息を吐く。
「あ〜あ、りゅみちゃんって、けっこうた・ぬ・き、なんだからあ」
「あ〜、いいじゃありませんか」
空になった湯飲みに紅茶を注ぎながらルヴァがおっとりと言った。
「ふたりとも、あんなに幸せそうなんですから。ね?」
と、視線の先からぱたぱたと、騒がしい足音がする。
「こんにちは!皆様。何の話しをしていらっしゃるんです?私達もご一緒していいですか?」
満面に天使の笑顔を浮かべ、かけてくるアンジェリークにふと女王候補だった頃の彼女を思い出す。
けれど、彼女はもう、かつてのアンジェリークではない。
強く、しなやかに、道を歩もうとする、ひとりの大人の女性がそこにいる。
そしてその後ろには、ゆっくりと、しかし瞳に守るような光を湛え静かにこちらに向かってくるクラヴィスの姿がある。

『私達』、ですか。
やはり、あの方を救うのは彼女だったのだと、そして彼女を救うのはあの方だったのだと、リュミエールは思い、笑みが零れる。

「よう、アンジェリーク、今、君達が、いつう!!
テーブルの下、無粋な事は聞くものではありません、とばかりおもいっきり脛を蹴られてオスカーが前のめりになる。
「オ、オスカー様、どうなさったんですか?」
駆け寄るアンジェリークに何事も無かったような顔をしてお茶を飲んでいたリュミエールが言う。
「何でもありませんよ。テーブルに足をぶつけただけでしょう。ね?オスカー?最近はすっかり宇宙も落ち着いてきた、と話していた所ですよ」
リュミエールの意外な一面を今にして始めて知り、唖然とするジュリアスと、けたけた笑うオリヴィエ、 痛みをこらえながらも、アンジェやジュリアスの手前リュミエールに何も言えないでいるオスカーを尻目に、 にっこり。とりゅみちゃんスマイルを浮かべ、彼はクラヴィスとアンジェリークにお茶をすすめた。
こぽこぽと、お茶をカップに注ぐ音さえも、今日は楽しげに聞こえる。

向かいに座った古い友人、と言えなくもない人間を見てジュリアスは思う。
この者と共に、このようなおだやかな時間を過ごす時が来るとは思わなかったな、と。
だが、ふと光の守護聖は隣に座っている、やはり古くからの友人をみやる。
この者は、こうなる事を知っていたのやもしれぬ。
以前『明けない夜はないそうですよー』と言った時のルヴァの表情を思い出す。
あの時、ルヴァはすでに、明けゆく夜の兆しを感じていたのかもしれない。
一番のたぬきは、存外、この者かもしれぬな。
そんなジュリアスの思考を知ってか知らずか、彼は言う。
「あ〜、いい天気ですね〜。今日の夜明けはとても綺麗でしたからねえ。ああ、クラヴィス、アンジェリーク、茶菓子も、どうぞ」

やがて年少組三人の声と、最後のひとりの声が加わり、聖地の午後は、穏やかに過ぎていった。

 
この後、真の虚無となった空間にふたつの球体が発見され、ふたたびふたりの少女が聖地へと導かれることになるが、これはまた、別の話。
そして、今日も宇宙にサクリアは満ち、星々は理のまま、静かに天空を廻っている。


〜fin.

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